Audibleはいいぞ①市川沙央『ハンチバック』 

 聴く読書の利点は家事や運転の合間に本が読める事。でもスキマ時間は動画を流すし、本は聴くより読んだ方が早い。月額千五百円はちょっと…と敬遠してきた私が、Audibleのとりこになった話をしたい。

 私がAudibleにハマったきっかけは、市川沙央の『ハンチバック』だ。重度障害を抱える作者が、同じ疾患を抱える女性を主人公に小説を書き、芥川賞を受賞したこと。その内容が社会に挑戦するようなものであること。あらゆる意味で話題をさらった『ハンチバック』だが、作中にこんな一節がある。

「私は紙の本を憎んでいた。目が見えること、本が持てること、ページがめくれること、読書姿勢が保てること、書店へ自由に買いに行けること、――5つの健常性を満たすことを要求する読書文化のマチズモを憎んでいた。その特権性に気づかない「本好き」たちの無知な傲慢さを憎んでいた。」

 紙の本を読める人々にとっては当然の事が、障害を持つ人々には試練となる。

エラー - NHK

 では本好きの健常者は、紙の本が読み手に要求する五つの条件を愛しているのか? 

 紙の本には電子書籍にないぬくもりがある。ページをめくる感触。本の匂い。文字をなぜるように目で追い、心の中で気に入ったフレーズを口ずさむ事。それこそが読書の醍醐味だと信じる人々にこそ、Audibleを体感してほしい。知ってほしい。紙の本にないものが電子書籍にあるように、紙や電子のような“目で追う読書”にないものが聴く読書にはある。

 『ハンチバック』を聴きはじめて、まず面食ったのは“スラッシュ、リブ”という単語が文章をぶつ切りにしてくる事だ。目で追う読書ならページ全体が視野にあるので、何かの文章を誰かが書いている?と推測できるが、聴く読書では違う。私たちは目隠しをされ、ナレーターという水先案内人に導かれて本の世界にダイブする。一行先の未来すらわからないから、聴き手は集中して耳をすませる。

 食器洗い、栗の皮むき、運転、片づけ、寝っ転がってウトウトしながら聴いてもいい。この自由の価値――解放感を知ったのは聴く読書にハマってからだ。Audibleを活用してはじめて、私は市川沙央が訴える読書における障壁――目で文字を追うこと、本を手に持つこと、ページをめくること、読書姿勢を保つこと、書店に足を伸ばすこと――の重みを感じた。

 聴く読書は、目で追う読書より軽やかで自由だ。それは物語の力を弱めたりしないし、優れたナレーターによって力を増す作品も多い。決して塞がることのない傷、癒えることのない痛みを皮肉と強がりで誤魔化そうとする声が語る『ハンチバック』は、きれいに並んだ文字を目から摂取する『ハンチバック』とは違う。

 聴く読書は選ぶ作品さえ間違えなければ、必ずあなたに新しい世界を見せてくれる。読書が苦手な人はもちろん、かつての私のように目で追う読書への愛着ゆえに聴く読書を敬遠している人はぜひともAudibleの一か月無料体験で、市川沙央の『ハンチバック』を聴いてほしい。

 このブログではAudibleで聴いて良かったものの書評もしていくつもりなので、ぜひ本選びの参考にしてもらいたい。

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